【特別企画】

MSX生みの親 西和彦が推し進めるMSX3とは何なのか?

【MSX3】

発売日:未定

価格:未定

 MSXという言葉に聞き覚えがあるだろうか? 40代以上の方なら知っている方も多いだろうが、MSXとは1980年代に多くの電機メーカーから発売されたホビーパソコンの共通規格である。初代MSXは1983年に登場し、その後MSX2、MSX2+、MSXturboRと進化していったが、1991年11月に松下電器産業(現:パナソニック)から発売された「FS-A1GT」が最後の製品となった。

 MSXの生みの親は、アスキー(現KADOKAWA)創業者として名高い西和彦氏である。西氏は、数年前からMSXの思想を受け継ぐ新たなホビーパソコン「MSX3」の開発を始めていることを折に触れて明らかにしてきた。

 MSX3の開発も大詰めを迎えつつあるようで、9月3日に東京大学で開発者向け講演会「MSX DEVCON TOKYO 1」が開催されたばかり。講演会の内容自体は秘密保持契約によって一切明かすことはできないが、西氏は数ヶ月前から、MSX3関連のツイートを積極的に行っているほか、公式サイトのエッセイでも、たびたびMSX3に関する話題が掲載されている。そこで、それらの公開済みの情報を元に「MSX3」とは何か、解き明かしていきたい。

西和彦氏(公式ページより)
MSX DEVCOMロゴ

MSX3とは?

 MSX3とは、その名前の通り、1980年代に登場したホビーパソコン「MSX」の魂を受け継ぐホビーパソコンだ。詳しいスペックなどはまだ公開されていないが、ゲームやプログラミング学習はもちろん、最近話題のメタバースへの対応も見据えた、まさに“令和のホビーパソコン”となる見込みだ。

 MSX3についての詳細は後述するが、現時点で明らかにされていることから、その姿を予想してみる。形状は少なくとも3タイプあり、1つは、RaspberryPiのような手のひらに乗るシングルボードコンピューター、もう1つは以前のMSXのようなキーボード内蔵型、そしてMSXカートリッジ型である。以前のMSXはファミコンカセットのようなカートリッジでソフトや拡張機能が提供されていたが、MSXカートリッジ型MSX3というのは、以前のMSXシリーズのカートリッジスロットに装着することで、MSX3として使えるというものだ。また、ソフトウェアについても、従来のMSX/MSX2/MSX2+/MSXturboRのソフトはすべてそのまま使えるようだ。

【MSX3の試作機】
USBポートを10基備えた、MSXカートリッジ型MSX3の試作モデル

MSX3だけではない次世代MSX構想

 西氏が開発を進める次世代MSX構想の最大のポイントは、MSX3という名前があまりにもキャッチーであるため、イメージだけが一人歩きしてしまっている印象があるが、従来のMSX→MSX2→MSX2+→MSXturboRの系譜に連なるホビーパソコン「MSX3」だけを開発しているのではないということだ。例えば、2022年7月20日に公開された西氏のエッセイ(第697回)で、MSX3の開発者向け説明会の発表内容について、

・MSX3の概要
・MSX IoTの概要
・MSX スパコンの概要
・MSX Webサービス環境の概要

を考えていると、西氏は述べている。西氏が開発を進めている次世代MSX構想には、「MSX3」、「MSX IoT」、「MSX スパコン」という3つの構想があるのだ。MSX IoTとMSX スパコンには、“3”というナンバリングが付けられていないことがポイントだと筆者は考えている。つまり、この2つについては、以前のMSXとは全く別の領域を目指すものであり、乱暴に言うとゲームを主目的とするホビーユーザーにはあまり関係がないものだと考えてよい。西氏のツイートはそれらをすべてフラットに発言しているため、混同されている方もいるようだが、ここで整理しておきたい。

 MSX3、MSX IoT、MSX スパコンが目指すものについて、西氏はエッセイの第686回で次のように語っている。

MSX3が目指すものは3つある。

1つ目は、今までのコンピュータの延長線上にLinuxの動く安価なワンボードシステムを作る。ディスプレイは2Kと4Kと8K。光学ディスクを繋ぐとCD、DVD、BD、UHDBDがかかる。インターネットに繋げば映像・音声が再生できる。

2つ目は、IoT。Groveのセンサー300種類ぐらいが繋がり、MSX IoT BASICでプログラムできる。

3つ目は、Super Computing。ARMの64bitが8個繋がったモジュールがXYZ方向のTorusネットワークで結合されたキュービックなメニコアクラスタを実現する。話に聞くが触ったことのない興味のある人向けに手軽なスパコンを作りたい。こんなことはパソコンやスマホの世界では誰もやっていない。せいぜい128 CPUぐらいであるが、はじめから1024 CPUでやってみたい。」(西氏サイトから引用)

 これを読めば分かるように、1つめがMSX3、2つめがMSX IoT、3つめがMSX スパコンの構想である。なお、西氏の最近のツイートによると、MSX IoTはMSX 0、MSX スパコンはMSX turboと呼ぶことにしたようだ。MSX 0やMSX turboの構想も素晴らしいが、本稿ではゲームメディアということもあり、ホビーパソコンのMSX3について詳しく取り上げる。

【MSX3とMSX 0、MSX turbo】
左の基板がMSX3の本体であるMSX engine 3の試作モデル。必要に応じて他のボードを積み重ねて強化できる
センサーを多数接続できるIoT向けのMSX 0の試作モデル
MSX turbo 8Aの試作モデル
MSX turbo 16Xの試作モデル。これ1枚で16コアとなる

MSX3の肝となるFPGAとは

 MSX3がどのような姿になるかということについては、西氏のエッセイの第580回が参考になる。その中で、西氏は

 「次世代MSXの開発をやっている。FPGAを使ったRaspberryPiと同じ大きさの基盤を中心とした40年前と互換性を持たせたコンピューターシステムの設計をしている。今年中に発表して、Amazonで世界中に基盤とキーボード内蔵型とMSXカートリッジ型の3種類を売る予定だ。」(西氏サイトからの引用)

 と説明している。ここで注目すべきキーワードがFPGAである。FPGAとは、Field Programmable Gate Arrayの略で、プログラムによって内部の回路構成を変更できることが特徴だ。通常のゲーミングPCでは、インテル製やAMD製のCPU、NVIDIA製やAMD製のGPUが使われているが、CPUやGPUは製造された後で内部の回路構成を変更することはできない。その代わりに、プログラム(ソフトウェア)によってさまざまな処理を行わせているわけだが、FPGAは、プログラム次第でさまざまな役割を持たせることができるわけで、当然、FPGAをCPUやGPUとして使うことも可能だ。西氏は、ツイートでMSX3のCPUは32bitのArmだと明らかにしているが、ArmコアとFPGAを1チップに集積した製品もあるので、MSX3ではそうした製品が採用される可能性が高い。

 FPGAはさまざまな場所で利用されているのだが、今回の記事に最も関連が深いのが、「1chipMSX」である。1chipMSXは、その名の通り、ホビーパソコンとして発売されたMSXの機能(正確にはMSX2相当)を1つのチップで再現した製品である。1chipMSXの開発・販売は紆余曲折あったものの、2006年11月にD4エンタープライズから5000台限定で販売が行われ、2008年9月に完売した。この1chipMSXでは、アルテラのCycloneと呼ばれるFPGAが採用されており、MSX2相当の機能をすべてプログラミングによってFPGAで実現。MSX2のゲームカートリッジも利用できた。価格は2万790円で、キーボードなどは付属していないが、PS/2キーボードを接続して、MSX2として利用することができた。

【1chipMSX】
FPGAを利用してMSX2相当の機能を1チップ化した「1chipMSX」

 MSX3も、FPGAを利用すると西氏は明らかにしており、ある意味でこの1chipMSXの延長線上にある製品といえるが、1chipMSXは過去の製品であるMSX2をハードウェアエミュレートした製品であるのに対し、MSX3は全く新しい製品を生み出そうとしているという違いがある。そのためどんなスペックになるのかは、ほとんど分からない。

MSX3の形状はどうなる?

 MSX3の形状はどうなるのだろうか。過去のMSXは、基本的にキーボードと本体が一体化した形状であり、セガのSC-3000みたいな感じだ。MSX3の形状についても、先ほど引用した西氏のエッセイは大きなヒントとなる。

【SC-3000】

 まず、ベースとなるMSX3基板(MSX engine 3)のサイズは、RaspberryPiと同じと書かれている。RaspberryPi(ラズベリーパイ)は、イギリスのラズベリーパイ財団によって開発されているシングルボードコンピューターであり、元々は教育用として開発されたものだが、安価で性能が高いことから、産業用途などでも利用されるようになっている。RaspberryPiのサイズも何種類かあるのだが、おそらく一番メジャーな85×56mmを指しているものだと思われる。RaspberryPiは、FPGAを採用しているのではなく、BroadcomのSoCを採用しているのだが、MSX3基板もRaspberryPiと同じく、手のひらサイズになるわけだ。

【RaspberryPi】
Raspberry Pi 4 Model Bの写真。MSX engine 3はこれと同じサイズになる

 MSX3は、この基板型製品(専用ケース入りモデルも出るとは思われるが)のほかに、キーボード内蔵型とMSXカートリッジ型の製品も発売されると、西氏は明らかにしている。キーボード内蔵型というのは、従来のMSXに似たデザインとなると予想される。また、MSXカートリッジ型というのは、既存のMSXのカートリッジスロットに装着して使える製品だと、西氏はツイッターで明らかにしており、いわばMSXユーザーへのMSX3パワーアップキットだと思えばよい。

【MSXカートリッジ型MSX3】
MSXカートリッジ型MSX3の試作モデル
このようにMSXのカートリッジスロットに装着して利用する

 そして販路としては、Amazonを予定しているとのことだが、これも今後、別の販売方法が提示される可能性も十分考えられる。

 また、MSX2のハードウェアエミュレーター1chip MSXを販売したD4エンタープライズも、そのMSX3版となる1chip MSX3を開発中であると西氏はツイートしており、こちらはまた別の形態や販路で登場すると思われる。

MSX3のGPUって何? MSX Video Engine/MSX Audio Engineとは?

 さて、MSX3のハードウェア的な特徴について解説してきたが、実はMSX3は基板単体(MSX3 Engineと呼ぶ)だけで終わるものではない。このあたり。一部スパコン構想とも重なるところがあって、少々分かりにくいのだが、MSX3は本体のMSX3 Engineを含め、複数枚のボードを重ねて(スタック)使うことで、機能や性能をどんどん強化していける設計になっている。

【MSX3はスタックして強化できる】
MSX engine 3を6枚スタックしたところ

 これまでのMSXでは、代々VDPと呼ばれる描画用のチップが採用されてきた。初代はテキサス・インスツルメンツのTMS9918相当品が採用され、MSX2ではヤマハのV9938が、MSX2+とMSXturboRではヤマハのV9958が採用されている。このV9938/V9958の開発には西氏も関わっており、本来MSXturboRではV9978が採用されるはずだったが、開発に難航し、V9990という名称でMSXとは無関係のVDPとして発表された。余談だが、V9978が成功していれば、MSXturboRではなく、MSX3として発売されていた可能性が高い。

 今回のMSX3では、VDPはV9958とV9990をあわせたようなものになると、西氏はツイートしている。その後のツイートでそれをV9998と呼ぶともいっている。もちろん、そんな製品は物理的なチップとしては存在しないので、FPGAによってハードウェアエミュレートされるのであろう。基本的には従来のMSXのVDPを進化させたものになり、解像度は2K(フルHD)対応となるようだ。

 しかし、VDPはいくら進化させたといっても、3D描画や超高解像度表示といった点ではNVIDIAやAMDのGPUにはかなわないだろう。そもそもFPGAで実現可能な回路規模は、最新GPUに比べると全然小さい。そこで西氏は、MSX3の描画機能を向上させる追加ボードとして「MSX Video Engine」、サウンド機能を向上させる追加ボードとして「MSX Audio Engine」という製品も開発中である。

 MSX Video Engineについては、ベースとしてNVIDIAのJetsonを採用することなどを検討していると、ツイートで明らかにしている。また、MSX Audio Engineは、アナログ・デバイセズのSHARC DSPを搭載し、1枚で8チャンネルのデジタルオーディオ出力が可能である。MSX Audio Engineは最大3枚まで装着可能であり、24チャンネルの立体音響を実現できるとのことだ。西氏は、メタバースの可能性を高く評価しており、MSX Video EngineやMSX Audio Engineは、4K解像度や8K解像度でのメタバースのためだとツイートしている。

【MSX Video Engine】
MSX Video Engineの試作モデル。複数枚をスタックして性能を強化できる

それでMSX3で何が遊べるの? 価格は?

 過去のMSXユーザーや、MSX3に関心のあるゲーマーにとって一番気になるのは、「MSX3で何が遊べるのか」ということだろう。MSXシリーズは、旧機種との互換性をずっと維持していたことも素晴らしいが、この後方互換性はMSX3でも維持されており、過去のMSX/MSX2/MSX2+/MSXturboRのソフトは基本的にMSX3でも利用できる。また、D4エンタープライズの鈴木社長と、同社が展開しているレトロゲーム配信サイト「プロジェクトEGG」のMSX用ライブラリをMSX3で利用できるようにするということで合したことも明らかにされている。

 開発環境などはまだあまり明らかになっていないが、MSX3の基本OSはLinuxになるということは、ツイートで明らかにされている。その上で、MSX OSもエミュレートで動作させ、過去のMSXとの互換性を実現するのだと思われる。

 プログラミング言語としては、以前のMSX-BASIC(またはその進化版)も用意されるようだが、西氏本人は、今の時代、BASICが最適解とはいえない旨の発言も行っており、最近はPythonを評価しているようだ。また、メニーコアマシンとなるスーパーコンピュータのMSX Turboでは、プログラミング言語として並列コンピューティングに適した「Occam」を採用する予定だともツイートしている。

 また、MSX3向けとして新たに開発されたソフトを広めるためのプラットフォームも整備するようで、BASIC時代に流行した個人が開発したゲームソフトで一攫千金みたいなことがひょっとしたら狙えるかもしれない。

 問題の価格だが、折からの半導体不足による価格上昇や円安もあり、現時点での予想は難しい。西氏は過去のツイートで10万円は切りたい(どの形状かは不明)と語っているが、15年以上前とはいえ、1chip MSXが2万円台で発売できたことを考えると、似た形状ならPS5と同程度かそれ以下になるのではないだろうか。発売時期は、来年前半あたりになりそうだ。

 まだ不明な点が多いMSX3を含む次世代MSX構想だが、ホビーパソコンで育ってきた筆者にとって、MSX3は久し振りにわくわくさせてくれる製品だ。今後もその動向には注目していきたい。

【MSX3 engine 3の試作モデル】