2023年9月21日(木)から24日(日)にかけて開催中の“東京ゲームショウ2023”(以下、TGS2023)。その初日となる21日のメインステージで、オープニングを飾る基調講演が行なわれた。

 ステージには、ゲーム配信サービス“Steam”の運営会社Valve(バルブ)からPierre-Loup Griffais氏とErik Peterson氏、カプコンのWilliam Yagi-Bacon氏、バンダイナムコスタジオの原田勝弘氏が登壇。“ゲームが動く、世界が変わる。”をテーマに、コロナ禍を経て、国内外のゲーム市場にさまざまな変化が生じている状況について議論を交わした。

TGS2023基調講演リポート
司会進行を務めた、KADOKAWA Game Linkageならびにファミ通グループ代表、林克彦。
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Valve Corporation Steam ビジネスチームのErik Peterson氏。
Valve Corporation Steam プラットフォームエンジニアリングチームのPierre-Loup Griffais氏。
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カプコン グローバル事業統括 デジタル推進部部長のWilliam Yagi-Bacon氏。
バンダイナムコスタジオ チーフプロデューサー/エグゼクティブゲームディレクターの原田勝弘氏。
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PCゲームとそのユーザー層の拡大による影響

 最初にバルブ社のおふたりが日本におけるSteamのユーザー数の変化、ダウンロード数の推移について発表。数百万人ものユーザー数となった日本は、過去5年間で世界においてもっとも急成長した主要市場のひとつ。日本でのPCゲームの未来には大きな期待を寄せており、2023年のSteamのトップセールスの約20%を日本のデベロッパーが占めていた点にも注目しているという。

 これらのタイトルのほぼすべてをSteam Deckでもプレイできるという点も踏まえ、日本のデベロッパーが世界的なPCゲームブームを力強く後押ししているとのこと。Steam Deckが普及することで、これまでとはまったく異なる新たなオーディエンスにPCゲームが紹介されていると語った。

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 PCゲームの強みは、一度購入すればライブラリーに登録されてずっとプレイできる点や、オンラインプレイにサブスクリプション(サブスク)料金がかからない点であり、これらがPCユーザーの共感を得る一助になっているのではとのこと。

 日本での急成長については、こうしたフィーチャーや機能への共感と、今回のTGSのように各リージョンでニーズを学び、声を取り入れる努力が結実した結果と考えているという。

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市場の成長を踏まえ、各国のパブリッシャーやデベロッパーにも、日本語ローカライズの推奨や支援を進めているとのこと。

 続いて、日本におけるPCゲーム市場についてWilliam Yagi-Bacon氏が解説。カプコンの公表データを例示し、ゲーム販売におけるデジタル販売の比率が年々拡大していると述べた。

 ただ、これはパッケージ販売が縮小しているというよりも、PCゲームの性質上ダウンロード販売のみとなるタイトルが増え、PCゲームの売上が増えると自然とデジタル比率が増えていることを表している。

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2020年、コロナ禍とともに始まった外出控えがゲーミングPCやコンシューマー機の購入のきっかけとなり、デジタルゲーム市場の成長につながったことがこのグラフにも影響を与えている。パッケージ販売が縮小したというより、母数が大きく増えたと考えるべき。
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国際的なマーケティング調査会社による見通しでは、今後もコンシューマーとPCのゲーム売り上げは安定しつつ微増していくものとされている。ゲーム市場においては、近年極端に減っている分野はないと言える。

 デジタル化、PCゲーム市場の急成長といった状況がゲーム開発へ与える影響について、原田氏が言及。コンソールが主流でPCゲームがマイナーに見られていた80年~90年代と異なり、21世紀に入ってノートPCなどの需要と供給が向上した時期から、ゲーム開発における言語対応は格段に増えたという。

 90年代までは各コンソールごとに“強い地域”があると市場的には考えられていたため、5、6ヵ国語に対応すれば十分だったが、プラットフォームの関係上、ゲームが届く地域が格段に増えるPCでのユーザー数拡大を考えるとそうもいかない。

 実例として『エルデンリング』や『アーマード・コアVI』では、そのユーザーの4割ほどがPCユーザーであり、コンソール機を主軸に置いた『鉄拳』などの対戦ゲームでも、3割程度はPCユーザーが占めているとのことだ。

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現状でも必要な言語対応は13~15ヵ国、将来を見通すと22言語は必要になると考えられているとのこと。これもPCゲーム市場の拡大によるところが大きいと考えられる。

 また、近年はコンソール機での発売後にPC版を発売といったスケジュールではなく、全プラットフォームの同時発売も増えたことで、開発スケジュールはかなり早くなったという。早めにFIXしなくてはならないため、時間の制約はかなり強くなったという。

 原田氏はローカライズ先の言語を開発者自身が確認できないという状況もあり、AIなどによるエラー検出の精度向上を切望しているとも語った。

 スペックの違いへの個別対応なども多く、PCゲームの開発は大変そうにも思えるが、原田氏は楽なところもたくさんあると述べた。さらにファーストパーティーによる制約がほとんどなかったり、個人や少数人数での制作をしている人たちでもすぐにパブリッシングできたりと、とくに発売までのプロセスにおいて楽な点も多いとのことだ。

“セール”はさまざまな面で強力なツールになりうる

 続いて檀上では、PCゲームプラットフォームにおいては一般的にもかなり浸透した、さまざまなタイミングで開催される“セール”についての議論が交わされた。

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 バルブ社のおふたりは、Steamのセールに大きなエネルギーを費やしており、これはユーザーや開発者からセールの重要性について強い声が寄せられているからだと述べた。ユーザーにとってセールはエキサイティングなものであり、ウィッシュリストに入れていつか欲しいと思っていたタイトルや、まったく知らなかったタイトルに手を伸ばす機会となる。

 開発者にとっても、セールはオーディエンスやフランチャイズにゲームを知ってもらうための強力なツールとして位置づけられるという。

 セールについてはバルブ社側からの参加への強制は一切ないが、大半のデベロッパーが進んで参加していることもこの証左となっている。また、セールは売上以外にも効果があり、新たなフランチャイズの獲得やマルチプレイヤーによるコミュニティーの強化にもつながると考えられるという。

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 William氏も、カプコンにとってもセールは重要視しているものと発言。今年のように大作が目白押しになると、すべて購入してプレイするのは難しく、いま遊びたいものをいくつか厳選した結果買いそびれるというケースも多い。これらのタイトルを後日買ってもらうためにも、セールは重要だという。

 また、いわゆる“セール待ち”のユーザーが増えることでゲームのフルプライス購入数が減るのではという懸念については、きちんと住みわけができているという。

 例として、カプコンの『モンスターハンター』シリーズでは、新作が出ると当然友人と遊びたいという層が多く、その場合自分だけセールを待つというわけにもいかない。これらも含めて発売時の旬、“お祭り”のような時期にゲームを買って楽しむ、そうしたソーシャルな部分にフルプライスの価値を見いだしている層も多くいると氏は見ている。

 続いて原田氏は、セールは明確なマーケティングビートを生み出しており、たとえばパブリッシャーセールでカプコンの格闘ゲームが売れると、バンダイナムコの格闘ゲームの売り上げも伸びていると述べた。

 また、5年、10年と同タイトルが遊ばれ続けるうえではシーズンパスやダウンロードコンテンツ(DLC)が売り上げをけん引することになるが、セールで本体を購入し、なおかつ定価でシーズンパスやDLCを購入してくれる層も多いとのこと。こうなると本体の値段はそこまで注目すべきものでもなくなるのでは、と考えているという。

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バンダイナムコやカプコンにはセールをしかける時期などを分析するデジタルマーケティング専属チームもあり、バンダイナムコでは同部署が目標達成率300%オーバーを記録しているという。

変化が続くゲーム市場、日本のゲームの展望やいかに

 続いて、PCゲーム市場が拡大するなかで、今後日本の家庭用ゲーム機市場がどうなるかについてが議題に取り上げられた。

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 William氏はコロナ禍によりPCゲームの立ち位置が大きく変わり、PCでもAAAタイトルが遊べるという認知が広がったいまでも、日本ではコンソールとパッケージがまだまだ強いと述べた。むしろPCゲームやスマホゲームがコンソールと肩を並べた状況であり、ゲーム業界全体のよい活性化につながったと考えているとのことだ。

 パッケージの手触り感やコレクション要素といった強みも健在であり、カプコンとしてもパッケージビジネスは続けていく方針であるという。

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 さらにバルブ社のおふたりから、日本におけるPCゲーム市場の今後の展望についての見解も示された。Steamとしては日本のPCゲーム市場の未来には大きな期待を抱いており、PCゲームが持つアドバンテージを考えると、その成長が止まる要素がまったく感じられないとのこと。

 Pierre-Loup Griffais氏は、Steam Deckの販売について日本市場に力を入れてきたことも正しい判断であったと述べた。日本でのSteam Deckの成功はPCゲームの日本での成功と完璧にマッチするもので、パワフルなPCの利点とコンソールの使いやすさの組み合わせが理由となると考えているという。

 今後はPCゲームの最新リリースが、シームレスにSteam Deckでも楽しめるように尽力していくそうだ。

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Griffais氏はポータブルゲーミング発祥の地は日本であり、日本での高い期待値にはぜひ応えていきたいとSteam Deck展開の意気込みを語った。

 最後に、William氏と原田氏に日本のゲーム産業のこれからについてどう考えるかという質問が投げかけられた。William氏は大きくふたつのポイントがあると述べ、まずPCゲーム市場が急成長してコンソールと肩を並べるほどになったいま、クロスプラットフォームの重要性が大きく上がった点に触れた。

 カプコンにおける実例として、2023年6月にPS5、Xbox、PCと3プラットフォームで同時発売された『ストリートファイター6』が挙げられた。3つのプラットフォームの垣根を越えて、対戦やオンラインロビー“バトルハブ”での交流が好評を博したことからも、氏はこうした遊びかたが今後さらに日本でスタンダード化していくと考えたという。

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 もうひとつのポイントとしては、PCにはPS3やPS4といったコンソール機と異なり、基本的なアーキテクチャーなどに世代交代の概念がなく、ひとつのゲームがずっと遊べるという点が挙げられた。この利点についてはコンソールメーカーも向き合っているところであり、旧世代機のゲームのアーカイブ化、PS4のほぼすべてのタイトルがPS5でも動くなどといった技術面のアプローチも見られる。

 こうしてゲームソフト資産が世代の垣根を越えるようになることは、メーカーにとっても、ユーザーにとっても望ましいことで、日本ゲーム文化の世界発信に向けたインフラの構築にもつながっていると氏は述べた。

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 続いて原田氏からは、すべてがデジタル化してネットワーク上で融和していくなかでも、住みわけというよりも“遊びわけ”が進んでいる点が挙げられた。いまや個人ごとにいる場所や時間によって、スマホやSteam Deckのような携帯機で遊んだり、コンソール機やPCでゲームを遊んだりと、遊びかたは多様化している。

 開発側の立場からは、こうした全プラットフォームに出していくという基本戦略以上に、ユーザーのソーシャル、すなわちユーザーの家族や友人といった多様なコミュニティーを、ひとつのサービスでどれだけつなげられるかが大事になると述べた。クロスプラットフォームはもちろん、同じジャンルの各ゲームごとのコミュニティーなどでは、別コミュニティーにいるユーザー同士であっても同じゲームを遊んでいる可能性も高い。

 原田氏はひとつひとつのタイトルコミュニティーの充実を図るだけではなく、そうしたつながりをバックアップする包括的なサービスにも力を入れていくことで、さらに市場全体が盛り上がると考えていると述べた。

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※記事内の一部画像は、公式配信のアーカイブから切り出したものです。