40年にわたってゲームの遊び方を変えてきた伝説のクリエイター! 鈴木裕ロングインタビュー

鈴木裕ならではの「先見の明」とは?

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鈴木裕氏がセガに入社したのは1983年のことだった。それからちょうど40年が経過した今、同氏の最新作である『Air Twister』が11月10日にPCとコンソール向けにリリースされる。『Air Twister』は昨年6月にApple Arcadeの独占タイトルとしてリリースしており、そのときに筆者の感想を動画でお届けしている。

「往年の方も新規ユーザーも、より多くの方に遊んでいただけるのを楽しみにしています。僕はゲームクリエイターとしては最年長かもしれないのですが、レトロな人がレトロなゲームを作った良さもちょっとあるのかもしれません(笑)」と鈴木氏。

鈴木氏といえば『スペースハリアー』、『アウトラン』、「バーチャファイター」シリーズや「シェンムー」シリーズなど、セガに在籍していた時代に数多くの名作を生み出した。1985年の「ハングオン」で史上初のバイク型筐体を生み出し、1993年の『バーチャファイター』で世界初の3D格闘ゲームを作り、さらに1999年の『シェンムー 一章 横須賀』でオープンワールドの先駆けと呼ばれるようになったゲーム体験で世界中のゲーマーを驚かせた。『サイファイ』が2006年に中止されていなければ、タッチ操作をアーケードに普及させた第一人者にもなっていたかもしれない。ひとりのクリエイターはいったいどのようにしてこれだけ異なる体験を生み出し、そのたびに「先見の明」を発揮してゲームの遊び方を変えることができたのだろうか。IGN JAPANは同氏のスタジオであるYSNETに赴き、詳しくインタビューした。

セガ時代の鈴木裕氏。

鈴木氏はセガに入社して間もない頃のことを詳しく覚えていた。ブラウン管を外して筐体にセットし、アーケード筐体『アストロンベルト』の負荷テストで「重り役」を担当させられ、むき出しのフレームの上に座らされた。初めて開発したソフトウェアもゲームではなく、タイムカードの集計ソフトだとか。

「特に覚えているのは、設計図を渡されて基板を作りなさいと言われたことです。はんだ付けとか、ドリルのようなものでキューンと巻く機会があり、配線したりしました。で、完成すると通電テストをするのですが、僕の作った基板は通電テスト前の段階でポイと捨てられちゃったことがありました……。それがちょっとショックでした(笑)」

幸い、鈴木氏が実際にゲームを開発するチャンスを得るまで長く待つ必要はなかった。同氏のデビュー作となった『チャンピオンボクシング』は1984年、セガのSG-1000向けに発売された。

なぜボクシングについてのゲームなのか。この質問に対して、鈴木氏はしばらく考えなければならなかった。しかし、沈黙の後にやってきた答えは、同氏が様々なタイプのゲームを作り得たヒントにもなっているように思う。

「ボクシングならやりやすいと思ったんです。SG-1000の処理能力でできることは限られているのですが、ボクシングなら表現できる気がしました。ストレートやジャブを小さな動きで表現して、足がぴょんぴょん飛んでいればひとまずボクシングに見えます。観客もカラーチェンジして、顔がちょっと動いてるように見えるように工夫すればなんとか動きを出せました。SG-1000のマシン性能で、効果的にできる範囲のこと考えたらボクシングになったのです」

『チャンピオンボクシング』(1984年)

技術的な限界に合わせてゲームのテーマを定めることは、鈴木氏の後のゲーム作りにおいても大きな特徴となる。1992年にアーケード向けに稼働した『バーチャレーシング』は3Dポリゴンを活用した鈴木氏の最初のゲームとなった。当時の技術では人間のキャラクターをアニメートすることが難しかったが、それもあって鈴木はレースゲームというジャンルを選んだ。もちろん、技術的な限界を考慮してゲームを作るのは、当時のほかのゲームクリエイターがやっていないわけではなかった。しかし、鈴木氏のクレバーさのおかげで、当時のセガのゲームは時代を先駆けていた。

『バーチャレーシング』(1992年)※画像はSEGA AGES版。

例えば、『バーチャレーシング』ではピットクルーがタイヤ交換をする場面がある。一見すればちょっとしたディテールだが、鈴木氏はこの描写で3Dでキャラクターを動かす方法を研究しており、次に手掛けることになる『バーチャファイター』の準備をすでに始めていた。

初代『バーチャファイター』のカクカクしたポリゴンは今見ると辛いが、1993年当時はフル3Dで動くキャラクターによるゲーム自体が新しかった。その『バーチャファイター』もまた、当時の技術的な制約から生まれた作品だった。たくさんのキャラクターを3Dで動かすのは難しいが、1対1の格闘ゲームなら実現可能だったからだ。

『バーチャファイター』(1993年)※画像はアストロシティミニ版。

「当時のゲームは制約の中からいかに新しい体験を作り出すかが大事でした。今は時代が変わりました。技術的な制約がほとんどなくなりましたので、どんなアイディアでも実現できてしまいます。そこでオリジナリティやクリエイティビティが大事になってくると思います」と鈴木氏。

最新の技術を活用しなくても人々に感動を与えたゲームとして、鈴木氏は『Vampire Surivors』を挙げた。

「ゲームはルールです。ルールを決めて、そのなかで競ったり、ハイスコアを狙ったり、謎を解いたりします。ルールが面白ければ、絵がなくても音がなくても面白いんですよ。『Vampire Survivors』は作っていく段階で、何度も何度もチューニングしたんだと思います。あれは机上で計画できるものじゃないはずです。何度もプレイを繰り返して、そのたびに細かくチューニングしてちょうどいいバランスにしていったと思います」

プレイテストとチューニングを繰り返すという職人的な作り方は、鈴木氏がアーケード向けに作っていた古き良きゲームと似ているのかもしれない。

「当時のアーケードゲームは制作期間の3分の1くらいをチューニングに割り当てるんですよ。でも僕の場合、1年作るんだったら最初の3カ月でゲームの本質的なところをできるようにして、残りの時間はずっとチューニングをしていました。要するにチューニングに割り当てる時間の方が長いんですよ」

鈴木氏は『Vampire Survivors』の作り方に似たようなこだわりを感じると言う。シンプルなコンセプトのゲームでもその本質が秀逸で、しっかりとチューニングされていれば面白い。しかし、鈴木氏は「シェンムー」で、そんなシンプルなゲームとはスケールの異なる体験にアプローチしたことでも有名だ。

「『シェンムー』のようなゲームでチューニングに時間をかけるのは理論上無理なんですよ。昔の僕のゲームというのはテーマが1つで、そのテーマを深く彫っていくというタイプでした。例えば、『アウトラン』はドライブのゲームです。テーマが10個あって、それぞれ同じように掘り下げるのであれば10倍のボリュームになってしまいますが、それに挑戦したのがシェンムーです。そのような作り方は、タブーでした。なので、自動生成のできる技術がないと無理で、『シェンムー』で『マジック』とついている『マジックウェザー』や『マジックルーム』は自走生成の技術を作っています」

昨今のオープンワールドでは一般的だが、「シェンムー」のマジックウェザーはリアルタイムで天候や季節の変化を表現した最初のゲームシステムのひとつだった。冬であれば雪が積もり、春は桜が咲くといったディテールは、最近のほとんどのゲームを凌駕している表現力とさえ言えるかもしれない。「マジックルーム」は『シェンムーII』の舞台のひとつである九龍城に採用されたもので、ドリームキャストのゲームなのに1000以上の部屋の中に入ることができた。

鈴木氏によると、「シェンムー」は他にも様々な方法で自動生成(あるいは自動化)の技術が使われた。チューニングやデバッグも自動化することによって、タブーと考えられていたゲームを実現することができた。

「焚火の煙や川の流れも数式だけで作っているので、グラフィックスメモリーがいらないのです。このような自動生成の技術で、理論上はグラフィックスのデータを100万分の1くらいに圧縮できます」


同時に、「シェンムー」は人間味溢れる日常の描写で知られるゲームでもある。1作目は日本の横須賀を舞台にしており、数百人のキャラクターが街を行き来している。各キャラクターには独自の名前や見た目にバックストーリーがあり、行動も個体にマッチするようにスクリプトされている。主人公が話しかければフルボイスで会話に応じ、キャラクターの大半は物語の進行に応じてセリフの内容まで変わる。人間の行動をユニークでリアルに描いているが、ここにも自動生成の技術が活用されているという。

「(キャラクターの行動や会話について)自動生成できるところとできないところがありました。キャラクターの行動は主語・動詞・目的語から再生できます。例えば、『私は横浜に行く』というシンプルなものがあれば、『私』は『あなた』や『彼』に『彼女』などに置き換えられるし、『横浜』を『川崎』、『行く』を『食べる』に差し替えることができます。さらに、ここに個性をつけるのであれば、老人と乱暴な若者で同じように食べたり会話したりはしないですよね。その人のイメージに合った言い回しを3つずつ用意して混ぜて使えば、27パターンになります。『シェンムー』のキャラクターの行動や会話ではすごく簡単に言うとそういうことをやっています」

『シェンムー 一章 横須賀』が発売した1999年、圧倒的な作り込みの世界とキャラクターは世界中のゲーマーを驚かせた。そのときから四半世紀近く経った今も、「シェンムー」の多くの要素は現代のゲームにも使われている。特にオープンワールドゲームは「シェンムー」と多くの類似性を指摘できるが、比較すると「シェンムー」はフィールドのサイズよりも密度に力の入っていた作品であったことがわかる。

「オープンワールドのサイズは売りになりやすいでしょうね。2キロ四方のフィールドを自由に歩けることにユーザーがびっくりすると、次は4キロ四方でそれができるゲームが出てきて、その後は16キロ四方のゲームが……。すると最終的には宇宙空間を全部探索できるゲームが出てくるはずです」

『No Man’s Sky』や『Starfield』といったゲームが実際に存在することを思えば、鈴木氏の発言はここ10年のオープンワールドゲームの傾向を見事に言い表している。鈴木氏自身は閉鎖的な空間も同じくらい感心を抱いており、以前のインタビューでは長距離列車の車内だけから構成されたゲームを例に挙げていた。

「閉鎖空間をテーマにした映画でもいいものはありますし、広大な大地の映画でもいいものはあります。ゲームも同じだと思います。その作品の良さを引き出せればなんでもいいと思います。今はもう、広いだけでは売りにならないでしょうし、キャラクターがたくさん出るだけでも売りにならないはずですから」と鈴木氏。

鈴木氏は「シェンムー」で「密度」を最優先に作っているように見えるが、それほど単純な話でもないらしい。

「エンターテイメントが呼び起こす感動って、基本的なものとして変化量があると思っています。ステーキの次にステーキを食べてもあまり感動しないのと同じように、ゲームでも同じ景色が続くと退屈になります。香港の街の喧噪を体験したばかりのプレイヤーなら、次は静かな田舎に行きたいですよね」と鈴木氏は『シェンムーII』の終盤に触れて語った。

18年の空白を経て、『シェンムーIII』は2019年についにリリースを迎えた。本作はクラウドファンディングによって実現したプロジェクトであり、鈴木氏は『シェンムーIII』の実現に力を注いでくれたファンを最優先にして開発に挑んだと言う。しかし、『シェンムーIV』を作るのであれば、今度はもっと新規プレイヤーも楽しめる内容にしたいと語った。

「次は新しいユーザーがもっと楽しめるようにしたいです。特に重要なのは過去のストーリーを知らなくても楽しめるようにすることです。新しく遊びたい人はストーリーの100%を知りたいわけじゃないと思います。20、30%でいいのかもしれないです。『シェンムーIII』ではダイジェストムービーで過去作の出来事をプレイヤーに伝えていましたが、『シェンムーIV』ではゲーム本編で自然に過去のストーリーがわかるようにしたいです。ムービーで見せるんじゃなくてプレイアブルな回想シーンにしたりなど、ゲームをプレイするだけで自然にわかれば一番いいと思っています」

長く続いているシリーズの続編では、新規プレイヤーも入りやすくするのは大きな課題で、「シェンムー」のようにストーリーが続きものである場合は特に難しそうだ。

似たような立場に置かれていたシリーズとして、「龍が如く」が挙げられる。同シリーズは2015年に『龍が如く0 誓いの場所』をリリースした。「龍が如く」の1作目よりも過去の時代を描いた同作は――特に欧米で――多くの新規ユーザーを獲得することに成功し、シリーズのターニングポイントになった。「シェンムー」の前日譚を検討したことがあるか、鈴木氏に聞いてみた。

「あります。この段階でみなさんに詳しくお伝えできないけど、考えています。ドブ板を最新のゲームエンジンと表現で作って、どうなるかというだけでもやる価値があると思います。先ほどの『広げない作り方』にも繋がってきますが、『シェンムー』の1作目よりももっと詳しいドブ板を作るというのは興味深いと思います。リメイクじゃなくてオリジナルよりももっと前の物語であれば特に面白そうです」と鈴木氏。

『シェンムーIV』も前日譚も現時点では正式に開発されているわけではなさそうだが、その可能性があるというだけでシリーズファンにとってはうれしい情報だろう。さらに、鈴木氏は「シェンムー」以外のゲームも作っているし、今後も作っていきたいと語った。

「『シェンムー』以外にもまだやりたいものはあります。企画は複数あります。何を作っているかはちょっと言えないけど、今も新しいゲームを作っていますよ」と鈴木氏。

『シェンムーIII』の発売後、鈴木氏が率いるYSNETが最初にリリースすることになったタイトルは『Air Twister』だ。今作は鈴木氏がセガで手掛けた『スペースハリアー』の精神的続編のようなタイトルだが、それでも鈴木氏は久々に新しいIPを作ることができてうれしかったと言う。

『Air Twister』のゲームプレイは『スペースハリアー』に似ているが、『ネバーエンディング・ストーリー』を彷彿とさせる幻想的なビジュアルによる世界観とオランダのミュージシャンであるヴァレンシアによるクィーンを想起とさせる音楽で、ユニークなものに昇華されている。80年代と90年代の様々な「懐かしい」が、ひとつの作品に凝縮され、独特な味わいを作り出しているのだ。

「『スペースハリアー』を開発していた当時はドットを一生懸命に3Dっぽくしようとしていました。いわゆる疑似3Dです。今回、『Air Twister』ではむしろ逆のことをやっています。完全な3Dの技術を使って、どうやって2D的な動きを出そうかと考えていましたから。ボーナスステージはわかりやすい例ですが、3D空間の重力や慣性力を無視した動きをしています。疑似3Dならぬ疑似2Dです。当時と逆のことをやりつつ、似たフィールを目指しているのは面白いです」

元々Apple Arcade専用タイトルとして開発された『Air Twister』は、タッチ操作で遊べるように開発されており、Nintendo Switch版もタッチ操作に対応している。鈴木氏はアーケード向けに作っていた『サイファイ』で蓄積されたノウハウが今作の開発に活かされていると語った。

「ただ、『サイファイ』は対戦ゲームなので、そこが大きな違いです。『サイファイ』では大型画面をタッチしていくのですが、指が少し焼けてしまう人も出てきて……。グローブやペンがあれば成立したと思いますが、『サイファイ』が中止になった判断のひとつは指が焼けてしまうことが理由でした。『Air Twister』はiPhoneやSwitchの画面なので問題ないです。ご安心ください(笑)」

『サイファイ』がキャンセルされてから20年近くの時を経て、鈴木氏によるタッチ操作のゲームがリリースしているのはうれしいことだろう。セガの『maimai』のように、現在のアーケードで大型モニターによるタッチ操作のリズムゲームをたくさん見かけるようになったのも感慨深い。鈴木氏の先見の明は、ここにも力を発揮していたのかもしれない。

『サイファイ』の筐体。

鈴木氏自身は、今でもタッチ操作の対戦ゲームに興味があると言う。

「タッチパネルの対戦ゲームは直観的でいいです。面白いと思います。実は『バーチャファイター』の初期段階もキーボードのようにたくさんのボタンの操作系を考えていました。プレイヤーは掌で一気にたくさんのボタンを押して直観的に操作できるものでした。当時はまだタッチ操作がありませんでしたが、同じ発想だと思います」

2023年において、鈴木氏のゲームクリエイターとしての影響力は以前ほど大きくはないのかもしれない。しかし、昔からのファンにとっては同氏の新作ゲームが2023年に出るというだけでうれしいはずだ。それに、鈴木氏が新しいゲームで再び我々を驚かせてくれないとも限らない。今後に期待したい。

『Air Twister』は11月10日、PCとコンソール向けにリリース予定だ。

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